株式会社セイタロウデザインの中長期的なプロジェクトのプロセスや裏側を深掘りする「深層対談」企画の第二弾として、セイタロウデザインの代表であり、情報誌『BALL.』のプロジェクト監修・クリエイティブディレクターを務める山崎晴太郎氏と、けやき出版の代表、小崎奈央子が対談を行いました。
以下はセイタロウデザインのnoteに公開された、対談の様子です。
一冊の本から始まった、多摩地域ブランディングプロジェクト。
2018年、セイタロウデザインオフィスの会議室で、小崎奈央子から山崎晴太郎に一冊の本が手渡されました。それは二人にとって初めての打ち合わせで、その本の表紙には「東京都 多摩エリア インキュベーションHUBプロジェクト トータルディレクションのお願い」という文字の下に、“多摩に花火を打ち上げるにはセイタロウデザインが必要だ!”という吹き出しがついていました。そして中表紙には「拝啓 山﨑 晴太郎様」。計24ページの、手紙のようなその本には、多摩エリアを盛り上げたいという思いが詰まっていました。
山崎:
仕事の依頼のされ方で思い出に残っているものはいくつかありますが、その中でも特に印象に残っている頼まれ方でした。手紙のような熱意がこもった本を作って頼まれたら、これはもう断れないなと(笑)
小崎:
(共通の知人である)カメラマンの寺島さんを含めたメンバーで元旦から一緒に考えて、必死に作りました。私が代表を務めるけやき出版は、本づくりでは歴史も実績もありますが、ブランディングなど多岐にわたるプロジェクトの経験がなかったので、寺島さんに「こんな人がいるよ」と晴太郎さんを紹介してもらって、まだ会ったことはなかったのに、多摩エリアをブランディングして活性化するプロジェクトのクリエイティブディレクターにはこの人しかいない、と思いました。
山崎:
小崎さんは多摩のことが本当に好きなんですよね。だから最初の打ち合わせから本当に熱がこもっていて。そのエネルギーがあったからこそ、関わる人たちの心が動いて、このプロジェクトがこんなにも推進できたんだと思います。
小崎:
「なんで多摩がそんなに好きなの?」とよく聞かれるんですが、好きに理由はないんですよね。それから、これもポイントだったと思うんですが、多摩エリアにもクリエイターがたくさんいますが、内側の人だけで作っていても外の人に魅力が伝わらないから、外側の人がプロジェクトを引っ張ってくれることが重要だと思ったんです。だから、最初に渡した本の表紙にも書いたように、まさに花火を打ち上げてほしかった。今考えると、花火が晴太郎さんだったなと思うし、お願いしてよかったなと心から思っています。
山崎:
頼まれ方も嬉しかったんですが、個人的に、都市をデザインすることができるのは面白いなと思いました。奈良少年刑務所を民営化するプロジェクトや、ホテルブランディングプロジェクトなどが丁度ひと段落ついたタイミングだったので、それらのプロジェクトの中で関わった“街のあり方”にとても興味があったし、純粋に多摩の温度感がいいなと思ったんです。色々な意味で料理のしがいがある、おもちゃ箱みたいなエリアだなと。
多様性のある多摩を編集し、創造することはできるのか!?
小崎が山崎に手渡した本の中には、多摩エリアについて下記のようなキーワードが並んでいました。
「豊かさ」「子育てしやすい」「都市農業」「グローカル」「人間くささ」「IT・イノベーション」「郊外」「渓谷」「アウトドア」「ゆるゆるした時間」「人の温かさ」「トカイナカ」「暮らしやすい」「何もないけどなんでもある」「観光」(一部)
そんな多様性を持った多摩エリアで、クリエイター創業支援システムを構築することが最初のミッションでした。
小崎:
多摩エリアは30市町村に420万人以上が生活している地域で、魅力的な自然も、人も、面白いお店もある街です。私たちけやき出版は、1981年の創立以来、多摩の地域密着にこだわって本づくりをしてきました。ただ、出版だけだとこの先は下火になることが目に見えていたので、多摩エリアの地域情報誌『たまら・び』の取材で培った豊富なネットワークを活かして、別のリアルな事業ができるのではないか、ということから、このプロジェクトは始まりました。
山崎:
東京都の助成事業になっていて、クリエイターを中心にした創業支援をするプロジェクトとしてスタートしたんですよね。僕がこの話を聞いて最初に思い浮かべたのは、ポートランドでした。クリエイティブが自立していて、サードプレイス・サードウェーブのような新しい価値観を作っていく。そんな街になったらいいなと。
小崎:
実際に多摩の人たちも「ポートランドみたいにしたい」と言っていた人たちがいました。でも、多摩エリアは広い分、色々な価値観の人がいて、それらを一つにして、ビジネスとして成り立たせるのはなかなか難しいなというのも感じました。
山崎:
職住近接で多摩を選んだ人、自然の中で子育てしたいと多摩を選んだ人、フリーランスで多摩を選んだ人、など本当にいろいろな人がいますもんね。
小崎:
そうなんです。しかも多摩エリアは広大で30市町村もあって、自分の街には興味はあるけど、他の街には興味がないという人も多いんです。なんとかして全体を融合させたいなと思いました。でも、コロナウイルスの影響で、働き方や価値観が変化する中で、街の様子もまたいい意味で変化してきたと感じています。23区に住んでいる人で街づくりをやってみたい人という人も増えたし、スキルもあり、やる気もあり、多摩のことに興味がある人が沢山集まってきました。
山崎:
僕がこのプロジェクトを手伝う中で大事にしていたのは、僕が中心になりすぎない形にしようということです。普段のブランディングプロジェクトではもっとがっつり中に入ることが多いんですが、このプロジェクトでは、いい意味で少し対象に距離を置いている感じですね。中長期的に多摩が多摩で自立できるように、『スター・ウォーズ』で言ったらヨーダ的な立ち位置を意識していました。多摩というエリアの外骨格を作るお手伝いはするけれども、そこを登るのは、絶対に中の人の方がいいと思うんです。
小崎:
晴太郎さんと定期的に打ち合わせを重ねて、アイデアを持って行ってアドバイスしてもらったり、アイデアを出し合ったり、そんなことを何度も重ねながら、『TeiP』というインキュベーションHUB推進プロジェクトが、『BALL.(ボール)』という大きな概念に進化していきました。まさに外骨格を作ってもらいましたね。
山崎:
『BALL.』というのは多摩全体をくくる概念で、「多摩=たま」の語呂合わせから来ているんですが、多摩の概念人格でもあります。遊びの要素を多分に含んだ言葉の方が、このエリアと、プロジェクトの今後の展開を包括できると思ったんです。『BALL.(ボール)』という概念を作ったことで、プロジェクトが加速して、いろいろな事業が生まれてきましたね。
『BALL.(ボール)』という概念から広がる、有機的な街づくり。
けやき出版の強みを生かして、まずプラットフォームとしての『BALL.(ボール)』というメディアが生まれました。『BALL.(ボール)』のコンセプトは「はずむように働こう!」。都会と地方をつなぐエリアでもある多摩は、「暮らし」と「しごと」を結びつける場所にもきっとなる。BALL.では、そんな多摩エリアで魅力的に働く人たちを紹介していくメディアです。でも、ただ多摩の働く人を紹介している情報誌かというと一味も二味も違います。
小崎:
私たちがずっと作ってきた多摩エリアの地域情報誌『たまら・び』は、多摩の地域を順番に紹介する雑誌なんですが、このプロジェクトで新しいメディアを作る上では、「外から見た多摩の魅力を中心に作った方がいい」というのが晴太郎さんのアドバイスでした。
山崎:
多摩エリアだけで読まれるのではなく、東京都の他の地域の人もそうだし、それこそ地方の人も含めて、外部から多摩エリアを面白いと思ってもらえるメディアにしないといけないと思ったんです。
小崎:
実際にAmazonでもすごく売れていて、他の地方の人が注文してくれたり、定期購読してくれたりしているんですね。
山崎:
雑誌の特集のベースはVol.2までは僕が決めているんですが、多様性があって、遊びの要素を多分に含んでいる多摩だからこそ、切り取り方が無限にあるんですね。だから、このメディアを通して、雑誌Vol.2の特集のように「新しい働きかた」も提案できるし、その中で、マニアックだったり、ニッチだったり、でもディープな面白い情報を発信できる。多面性がある街だからこそ、多面性を存分に魅力にしたコンテンツで、新しい街の形を発信できていると思います。
小崎:
そういうところも今までのタウン誌とは違うところで、日本地域情報コンテンツ大賞2020 タウン誌部門の最優秀賞を受賞できた理由のひとつかなと思います。総評でも、マニアックさが読者を惹きつけ、地域色を出すことで編集コンセプトがダイレクトに伝わった、というコメントをもらいました。
山崎:
創刊号のテーマは、「東京サバイバル 狩(か)りと伐(か)り」でしたもんね。多摩エリアだからこその林業や狩猟などの森にまつわる仕事を特集したのは、独自性があってすごくよかったと思います。
小崎:
メディアが出来たことで、多摩エリアで活動したいという沢山の面白い人たちが集まってきたんですね。『BALL.』の誌面上で『BALL. COMPANYへようこそ!』という特集(Vol.2)をやって、架空のギルド型組織『BALL. COMPANY』をつくって仲間を募集したんですが、本当に沢山応募がきて、それが今では実態を持ちました。実際には、けやき出版の中の別事業部という形で、地域コーディネーター/プロデューサー室と編集室があって、チームで多摩にまつわる様々なプロジェクトが動き始めています。
山崎:
将来、代理店やデザイン事務所に指名で仕事が来るように、『BALL. COMPANY』指名で仕事が来るようにしたいですよね。他の都市からも『BALL. COMPANY』を指名されたい。まずは実績を積んでいくことが大事ですが、3年前にもらった本の理想像がちょっとずつ形になってきたなという手応えを感じています。
小崎:
本当に、あの時思い描いていたこと以上のことが形になっています。他にも多摩の商品カタログサイト「BALL. DEPARTMENT」や、“ビジネスとデザインの交流拠点”を掲げるリアルなスペース「BALL. HUB」などが生まれています。『BALL. ○○』をどんどん増やしていきたいですね。
山崎:
僕は将来、息子たちが「多摩って超オシャレなんだけど」って言ってたら嬉しいなと思っています(笑)
小崎:
そうなるように頑張ります。このプロジェクトを通して、晴太郎さんから本当にヨーダのように色んなことを学んだので、最近、晴太郎さんの言葉が自分の言葉のように話せるようになってきました(笑)
山崎:
いやいやいや。でも、僕は「BALL.」を擬人化したら小崎さんのような人だなと思っていて、多摩愛を持っていて、すごく情熱的なんだけど柔軟性もあって、仕事とプライベートの境目がなくて、どちらも本気で楽しんでいる人、そんな人たちが多摩で本気でものづくりをして、多摩の魅力を外部に伝わる形で発信していくことで、もっともっと多摩エリアが面白くなるのを楽しみにしているし、これからも僕ができることを応援していきたいと思っています。
小崎:
ありがとうございます。ビジョンが一緒で方向性さえ合っていれば、価値観の違いは乗り越えられると思うので、私のようにやりたいと思う人が自発的に動いていてくれる土台を作っていきたいと思います。
【プロフィール】
山崎晴太郎
株式会社セイタロウデザイン代表、アートディレクター
横浜市出身。立教大学卒、京都芸術大学芸術修士。企業・サービスのデザインブランディングを中心に、グラフィック、WEB、空間、プロダクトと多様なチャネルのアートディレクション・デザインワークを手がける。2017年よりアート活動を開始。ペインティングやインスタレーションを国内外で発表。グッドデザイン賞金賞、アジアデザイン賞、IFデザイン賞、JCD DESIGN AWARD、14th Arte LagunaPrizeなど国内外のデザイン・アート関連の受賞多数。各種団体主催のデザイン賞審査委員や省庁の有識者会議検討委員を歴任。FMヨコハマ「文化百貨店」(毎週日曜2430-2500)メインパーソナリティー。東京2020組織委員会スポーツプレゼンテーション・クリエイティブアドバイザー。
小崎奈央子
けやき出版 代表取締役
1978年国立市生まれ。自動車雑誌や通信教育雑誌などの編集を経て、2008年立川市のけやき出版に入社。企画出版の編集を担当した後、2014年に地域情報誌『たまら・び』の編集長に。2015年に4代目代表取締役に就任。出版社の枠にとらわれず、多摩エリアに関する多様な事業展開を目指し、2018年より東京都産業労働局の「インキュベーションHUB推進プロジェクト」に採択され、クリエイターを中心とした創業支援事業を開始。2020年に多摩の仕事を特集する情報誌『BALL.』(ボール)を創刊、編集長を務める。2021年、多摩をコーディネートするギルド型組織「BALL.COMPANY」を新規事業として編成。同年、ビジネスとデザインの交流拠点「BALL.HUB」(JR立川駅直結型商業施設グランデュオ立川3F)の企画・運営を開始。
BALL.の今後の展開にぜひご注目ください。
山崎のインタビューも掲載されている、情報誌の最新号はこちら。
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