できたら、本と飲み物を。#1 読む飲む効能

できたら、本と飲み物を。#1 読む飲む効能

生まれてこのかた、東京都府中市で暮らしている。読んだり飲んだりしながら歩いた、多摩エリアの風景を書き綴っていくエッセイ。

流れるように、時に舌の上を転がしながら、詩の行間を味わい、珈琲の湯気を読む。

読むことと、飲むことは似ているな、と思った。なめらかな運動は時おり中断されてリズムを変えられ、そのたびに深度を増していく。さらにそのどちらにも、何を対象とするのかという選択の先に、どこで行うのか、という選択がある。飲む読む時の眼前の風景は飲み物や文章に手を引かれるようにして、気づかぬうちに身体に取り込まれてゆく。

読む飲む記憶と混ざり合った風景の記憶は、複雑で芳しい香りがする。例えるならそれは、“大人”の人が使う、少しドキドキしてしまうような香水の匂い。この香りは、読む飲むことの効能と言えるだろう。

私は街を歩き、風景を眺める。ひと休憩代わりに本を読んだり、飲み物を飲んだりする。そうして、風景の記憶は香り立っていく。

横長い形をした東京都のちょうど真ん中に、東京都府中市がある。私は生まれて以来ずっと府中に住んでいて、今年でちょうど20年目になる。「どこに住んでいるの?」と訊ねられて答える時、一番はじめの”F”の発音が弱いせいで、求められてもいない大喜利を、つまらぬ答えで返す者のようになってしまうことにも慣れた。

中学に上がってからは、上り電車に乗って23区内へ通学するようになった。街歩きが好きなのだが、その対象範囲はもっぱら東京の東側へ広がっていった。

街歩き中にこういったものを見かけると嬉しくなってしまう

そして最近になって、生まれ育った多摩エリアを今まであまり歩いてこなかったことに気が付いたのだ。これは良くない傾向である。暮らしはじめてちょうど20年になる年でもあるし、この機会に多摩を見つめなおしてみようと思った。

「できたら、本と飲み物を。」と名付けたこの連載では読んだり飲んだりしながら多摩エリアを歩き、そしてそんな記憶を文章に残していきたい。もちろん、形あるものとして残していこうとする過程で、その記憶の香りが矮小化されてしまうことの危惧は念頭にある。しかし、この作業はおそらく、小さいながらも繊細な飾りのついた香水の瓶を、戸棚の上に綺麗に並べるようなことと、同じ類いのものなのだろう、と感じている。


川窪 亜都(かわくぼ あど)
2000年生まれ。
都内の大学に通っている。散歩好き。
Instagram: https://www.instagram.com/19458f22/

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