まちの課題を解決したい
レモンコレクションで最初の舞台となった立川市は、東京都のほぼ中央に位置する人口約18万人のまち。JR3路線、西武線、多摩モノレールが走る多摩エリア屈指のターミナルシティです。米軍基地の跡地に開設された昭和記念公園や、2014年から相次いでオープンしている大規模商業施設を訪れる人々が、多摩エリアのみならず都心や都外からも集まっています。
日々賑わう立川ですが、その一方でいくつかの課題が生まれています。例えば、2010年に移転した市庁舎をはじめ、商業施設や行政施設の多くは駅北側に集まり、個店の建ち並ぶ駅南側への回遊機会が著しく少なくなっています。また、数々のアニメ・漫画の舞台になったり、野菜の独活(ウド)は都内第1位の生産量を誇っていたりと、話題はたくさんあるにも関わらず、『立川と言えばこれ』というPRポイントの決め手に欠けている状況があります。
そんな課題に頭を悩ませ、立川をもっと盛り上げたいと考えている組織の一つが、市内26の商店街から結成される立川市商店街振興組合連合会(以下、商連)。『立川らしさって何だろう』という疑問を自分たち自身に投げかけながら、『立川に来たくなるような名産品を商店街で作れないか』と試行錯誤を始めました。
ウド、コロッケ、ザリガニ!?
実は、商連では過去にも立川の名産品を作ることを目指し、ウドの商品化・ブランド化に挑戦したことがありました。“ウドラーメン”や“ウドパイ”などの人気メニューは誕生しましたが、ウド農家は兼業が多いこともあって流通量が少なく、JAを含めた既存の取引先以外がウドを日々確保することは現実的ではありませんでした。
商連で産学連携事業なども行う商店街研究会が次に目をつけたのは、食材が手に入りやすく複数店舗で展開しやすい“コロッケ”。早速、飲食店で実験的に販売を行いました。しかし、コロッケに地名を冠した商品開発やイベントは近隣市でもすでにされており、材料が地元産でない以上、地元感のあるストーリーも自然には生まれてきません。そんな紆余曲折の末、『立川で生産を始めて、有名にできるものを作ることがベストだ』という結論に辿り着いたのです。
『ザリガニを養殖して、IKEAのザリガニフェアに合わせて商店街でイベントをやるか!』などと様々なアイデアが飛び交う中、『そうだ、レモンはどうだろう』という声が上がります。商店街で飲食店の経営者たちと日々接する中で、巷へのレモンブームの到来、食品としてのレモンの扱いやすさや汎用性の高さ、そして食の安心安全の観点から国産レモンへの需要が高まっていることが伝わってきていました。ただ、今は立川で栽培されていないものというだけあって、コロッケと同様にストーリーを生み出せない側面はぬぐい切れません。漠然と思案を続けていたところ、ある出会いが訪れます。
瀬戸内海・黄金の島との出会い
時を同じくして、国産レモン発祥の地といわれる広島県呉市とびしま海道(とびしま海道について詳しくはこちら)では、レモンで島おこしをしようと、2017年にスタートした「黄金の島再生プロジェクト」が本格的に動いていました。国産レモンは、食の安心安全の観点から需要が高まる一方で、高齢化や後継者不足によって出荷量が減少の危機に瀕し、慢性的な品薄状態にあります。プロジェクトでは、100年以上島を支えてきた伝統産業を守っていくため、耕作放棄地の再生に取り組んでいました。ところがそんな中、とびしま海道は2018年7月の西日本豪雨に遭い、レモン畑も大きな被害を受けてしまいます。
被災した農園で、大切なレモンの苗木が泥水もろとも流されかけているちょうどその時期に、とびしま海道と立川に必然とも言える出会いが訪れます。出会いを運んで来たのは、商店街研究会がコンサルティングをお願いしていた方。とびしま海道で仕事をしたことがあり、レモン農家の方々が東京との繋がりを求めていたこと、そして生産量日本一の名産品を育てる農家の方々のお話はきっと立川のヒントにもなると思い立ったのです。
そうして、商店会連合会の面々は、2018年、国産レモン栽培を広めた農園主の三代目の方と出会います。実際にとびしま海道も訪れ、豪雨災害の様子を見聞きする中で、『これもきっと何かの縁。商店会として何とかサポートしたい』と考えるようになります。
災害への支援と言えば寄付金が最も一般的ですが、せっかく人と人が出会ったのだから、さらに違う形のサポートをしていきたい。立川の立場からそう考えていたのと同時に、とびしま海道のレモン農家の方々も、復興した先の国産レモンの今後を見据えていました。東京は国産レモンの一大消費地。多摩エリア有数の商業地域でもある立川に販路ができれば、災害から再び立ち上がった後、国産レモンの普及に活路を繋いでいくことができます。そういうことなら、飲食店と物販店を抱える商店街ほど適任なパートナーはいません。汎用性がとても高いレモンならば、商店街に関わる多様な業種で扱うことができます。こうして、立川で国産レモンを広めるプロジェクトが始まりました。
門外不出の宝を立川へ
まちの名産品と“立川らしさ”を模索する立川、農業の6次産業化や都内への販路開拓などによる国産レモンの普及を目指す呉。互いのまちへの想いとメリット思いが一致し、軍飛行場と軍港程度の共通点しかなかった2つのまちで活動する人が出会い、レモンプロジェクトのストーリーが始まりました。 相思相愛の話はあっという間に進み、2018年10月に3本、そして翌2019年3月には20本のレモンの苗木が、とびしま海道から立川にやって来ました。当時、とびしま海道では、広島県が行う「ひろしまサンドボックス事業」の実証実験の一環として、農業用IoT技術を使った寒冷地でのレモン栽培を推進していました。しかし、その実験も苗木と同じく豪雨の被害を受けていました。そこで、レモンにとっては寒冷地である立川でも、IoT技術を使った実証実験を兼ねて栽培にチャレンジしてみることになったのです。
実は、国産レモン発祥の地といわれるとびしま海道のレモンの苗木は、門外不出の宝として、長きに渡り守られてきたもの。立川への植樹に踏み切った背景には、国産レモンを普及させたいという強い願いがあったのです。現在レモンの栽培を行なっておらず、既存の生産者や組織がない立川だからこそ、とびしま海道の農家の方々と一体となり、一からレモン栽培の歴史を築き上げることができます。
それは、名産品を作りまちを盛り上げたい立川にとっても、願っても無い巡り合わせでした。立川市西砂町の「なかざと農園」に植えられたレモンから収穫ができるようになるのは、植樹から3年後。その時には、名実ともに立川の名産品が誕生します。
現在、立川レモンプロジェクトでは、プロジェクトの事業化に向け「株式会社まちづくり立川」が事業推進役となり、とびしま海道から立川向けに出荷されたレモンの販売、商店街の飲食店でのレモンメニュー提供、商業施設(グランデュオ立川・IKEA立川)のサポートを受けたイベント開催などのムーブメントを企画しながら、立川ととびしま海道を行き来し合っています。
Writing/國廣愛佳