分からないままでも、私らしくいられる─私のカミングアウト【LGBT人材が働きやすい環境づくり:前編】

分からないままでも、私らしくいられる─私のカミングアウト【LGBT人材が働きやすい環境づくり:前編】

けやき出版が運営するギルド組織「BALL. COMPANY」のメンバーでもある芦田真子さん。普段は都心の会社に通いながら、副業的に地域に関わっています。11/24(水)にグランデュオ立川3FのBALL. HUBにて、ダイバーシティのセミナーを行う芦田さん。セミナーの内容の前に、彼女のバックボーンからLGBT、ダイバーシティについての想いを語っていただきました。

こんにちは。普段は会社員として働いています、芦田と申します。

LGBTやダイバーシティ推進に関連する企画や発信をしていきたいと思い、BALL. COMPANYにジョインしました。

はじめに、LGBTという言葉を聞いたことはありますか?

LGBTとは レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシュアル(B)、トランスジェンダー(T)の頭文字をとった言葉で、セクシュアルマイノリティのことを指します。セクシュアリティは他にもたくさんのジェンダーアイデンティティがあります。

その中で私のセクシュアリティはクエスチョニング(Questioning)です。聞き慣れないかもしれないですね。

今回は私がクエスチョニングを自認し、カミングアウトするまでの話をします。

クローゼットにこもっていたころ

小学生のころの私は水島新司著作の野球漫画『ドカベン』が大好きで、野球のルールをすべて覚えるくらい熱中して読みました。

いつか漫画に出てくる球児たちのように甲子園でプレーすることに憧れて、地元の女子ソフトボールクラブに入って一生懸命練習をしていました。

中学では野球をしたかったのですが、女の子だから野球部には入れませんでした。部活でソフトボールを続けましたが、テレビで見る甲子園での高校野球も女子では出場できないと知り、さらにショックでした。どうしようもないことですが「男の子に生まれていたら…」と悔しくて仕方なかったです。

このころから「本当はこうしたいけど、ルールで決まっているなら仕方ない」と早々に諦める癖がついていました。

波風を立てないよう規則に従って過ごしていたので、よく「真面目だね」と言われたのですが、嬉しくはない。徐々に集団行動がつらくなり、高校生になってからはチームプレーが大切なスポーツをきっぱり辞めました。

分からないから、決めなくても良い

就職活動の時には「女性がすっぴんだと失礼と言われる」といったエピソードにぞっとして、働くためにメイクを覚えました。和食や日本文化に興味があったので、着物を着て接客をする老舗の和食店に新卒で入社。多くの経験を積み、昇格もしました。

ただ、着物を着ていたので常に女性らしい所作を意識しないといけません。働きながらも鬱屈が溜まり、悩みが抑えられなくなりました。その時に「男女」の枠組みだけではない、LGBTのことを知りました。

これらに当てはまるかもしれない。そう思い、調べずにはいられませんでした。トランスジェンダー(こころとからだの性が一致していない人)やXジェンダー(男女の枠に限定されない人)など、さまざまなセクシュアリティを知りましたがしっくりこないまま、誰にも相談できずに悩み続けました。

そして「クエスチョニング」を知りました。性別が分からないからあえて定めないというセクシュアリティです。知った瞬間、性別が分からないと感じていてもよかったのかと、もやもやしていた気持ちがすっと晴れました。

職場でカミングアウト、これからは住む地域でも関わりを持ちたい

私の性自認が分かっても、ふるまいが変わることはありませんでした。転職の際も毎回女性として入社し、服装や髪型などは仕事に合わせていました。

現在の会社で初めて、働きやすい職場づくりのためのLGBT研修を受けました。LGBTは日本人口の3〜8%(参考:NIJI BRIDGE 虹色ダイバーシティ)いると言われています。LGBTの人たちが活躍できるように活動している人が世の中にはたくさんあると知り、さらに驚きました。

その後人事部に異動する機会に、異動先の上司との面談で「やりたいことはある?」と聞かれました。

チャンスかもしれない。

そう思い、勇気を出してカミングアウトをし、ダイバーシティ推進に関わりたいと伝えました。上司はポジティブに受け入れ、後押しもあって社内のLGBT研修を担当することに。

我慢してきた今までとは異なり、カミングアウトしてからは楽な気持ちで同僚とも話ができています。私がどうしたいかを伝える努力ができるようになったので仕事に取り組む姿勢も変わり、組織ルールの改善提案をすることも。

コロナ禍の影響でリモートワークが増えてから、職場だけでなく住む地域に目が向くようになりました。私が住んでいる地域では多様性に関する取り組みはどんなものがあるのだろうか? そんな中でBALL. COMPANY立ち上げのことを知り、私から動いてみることにしました。

クローゼットから飛び出すことができた今は、暮らす多摩エリアの人との関わりをたくさん持ちたいと思っています。

※後編は11月中旬公開予定。セミナーのお申込みはこちら

Photo : Jouji Suzuki

説明する坂根

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